沈黙-サイレンス-


映画の感想の前に個人的な話をすると(いつものこと)、父方の祖父母の代まで隠れキリシタンだったことと、小・中学校でエクストリームなカトリック教育の学校に通っていたことで、キリスト教に対する近しさと疑問、そしていかなる状態でも信仰を強く持ち続けるということの意味について子どものころからずっと考え続け、それらに対するまとまりのつかない想いはわたしのなかに深く根をはっています。

そして遠藤周作の『沈黙』は、読み返すたびにその根がむずむずとして、信仰というものについて極限まで考えさせられ、物語のなかに描かれる過酷な世界で実際に生きていた祖先の辛苦に思いをはせ、その絶望的な弾圧の時代に信仰と同時に命を守ることを選んでくれたおかげで私はこの世に生を受けたのだ、とあらためて深い感謝がこみあげる、きわめて特別な小説なのです。

スコセッシが映画化の権利を持っていると聞いてから何年も何年も待ちわびてきたこの作品で、映像で再現された隠れキリシタンの姿やその暮らしぶりに、「ご先祖様〜!」と勝手にもりあがって何度も涙が出てしまった。
祖父の祖父の代ぐらいまでは本当に辺鄙な場所で身を隠すように暮らしていたと伝え聞いているのだけれど、隠れキリシタンの存在の証をスコセッシがフィルムに焼き付けてくれて、世界に向けて発信してくれたことが、本当にしみじみとありがたい。

この、勝手に一族を代表して血がわきあがる衝動、バチカンとかエルサレムとかベツレヘムに行ったときにもちょいちょい顏を出したスピリチュアル・ハイなのだと思う。直接は知らないからこそ膨れ上がるひとりよがりな浪漫。
わたしの父は実際にオラショ潜伏キリシタンの祈り)を唱えるのを日常的に耳にしたり、月に何度か家に人が集まってきて祖父が儀式を執り行うのを手伝ったりしていたりしていたのだけれど、細かいことはあんまり覚えてないんだよねー、もう自分の代で終わらせるって親父が決めてたし、とあっさりしているのでもったいない!!と話を聞くたびに思うんだけど、そういうものなのでしょうね。

ということで思い入れがありすぎる作品なので、ただただもう、素晴らしい!感動した!あの名シーン、ニワトリの鳴き声が響く場面は本当にしびれた!という絶賛の感想しかわいてこない。長さもぜんぜん気にならなかった。
ただひとつ残念だったのは、海の色や海岸が五島の景色には見えず、やっぱり台湾の風景やね、と一瞬現実に戻るというところだけ。ロケ地問題は仕方がない。
それ以外はとにかくスコセッシの原作への尊敬や日本に対する誠実さをひしひしと感じました。ラストは、スコセッシ独自の解釈が入っていて、それはそれで趣があった。

あと、日本版の予告編で、外海にある沈黙の碑に刻まれている「人間がこんなに悲しいのに、主よ、海があまりに碧いのです」という遠藤周作の言葉を使っているのもすごくいい仕事だと思う!

キリスト教に限らず、絶望的な状況において心から信じているものの救いの声が聞こえない苦しさ、信じるものの「沈黙」により揺らぎ砕けそうになる心というのは普遍的なものだと思うので、あらゆるひとに響く作品なのではないかと思います。

スパイダーマンとカイロ・レンが長崎にクワイ=ガン・ジンを探しに行くという、もしかしたらフォースと蜘蛛の糸で禁教令も覆るのではないかという強力な顔ぶれ。なかでもアンドリュー・ガーフィールドくんがめちゃくちゃ良かった!オスカー候補にしてあげてほしい、と思ってたら、沖縄戦の映画の方でノミネートされたのね。おめでとう!