旅先で読んだ本

インド旅行記〈3〉東・西インド編 (幻冬舎文庫) 中谷美紀
インド旅行記〈3〉東・西インド編 (幻冬舎文庫)
美紀様のインドの旅も佳境に入り、筆が乗っているなあという印象。ヒマラヤに近い地方の素朴かつ凛とした光景の描写に、今すぐ飛んでいきたい気持ちにすら。一冊目のころは衛生状態に敏感だった彼女が、この本における旅ではもう、屋台で人が食べてるジャンクなおやつをお裾分けしてもらったりするくらいにたくましくなっているのが楽しかった。
旅を終え、インドに行って人生観がガラッとかわる人、もう二度と行きたくない人の両極に分かれるというけれど、私はそのどちらでもない、という彼女の視点に100%同調。人生が変わるほど揺さぶられるわけでもないけれど、自分の中のものさしがほんのちょっぴり変わったかもしれない、というインド体験を、彼女の優れた文章とともに懐かしく思い出した。

翻訳家の仕事 (岩波新書)
翻訳家の仕事 (岩波新書)
そうそうたる顔ぶれによる、翻訳にまつわるエトセトラの随筆集。日ごろ好んでその翻訳書や随筆を読んでいる翻訳家以外の文章も読めるのが新鮮。いずれの文からも翻訳という作業に対する愛憎入り混じった情熱が感じられて、なんとも気持ちが高揚する。岸本佐知子さんが、九歳の女の子が語り手となる本の翻訳にあたり参考にしたという、友人の子どもの反省文が最高にかわいくて、何度読んでも笑ってしまう。

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー) スコット・フィッツジェラルド
グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)
この小説大好き。大学時代にかなり夢中になって原文、野崎訳、大貫訳を読みふけり、プレ卒論の結構長めの論文でギャツビーについて熱く語った記憶が(でも何を書いたか忘れた。もちろんたいしたことは書いてない)。映画版のロバート・レッドフォードも、本から抜け出てきたかのような優雅さと哀しさで素敵だったよねえ。今だったら誰が合っているかな?ディカプリオが演技派オーラをバリバリ出しながら演じそうな気もする。

今回の訳書、読みながら何度か村上春樹の新作小説を読んでいるような錯覚を覚えた。そして、この小説が村上さんの作品に与えた影響の大きさが改めて分かった。この小説の語り手と、村上春樹の小説に出てくる「ぼく」の、世間や物事に対する距離感にすごく似たものを感じました。そして「風の歌を聴け」に出てくるジェイ(NOTチョウ)は、ジェイ・ギャツビーからとったのかしら?といまさらながらに思う。村上さんの思いいれたっぷりな丁寧な日本語にうっとり。『夜はやさし』も村上訳が出るという噂があるけど、絶対読みたい!

愚かな人たちがおりなす愚かな出来事を、こんなに美しく哀しく描いた小説って、ちょっとない。やっぱり素晴らしい作品。


日の名残り (ハヤカワepi文庫) カズオイシグロ
日の名残り (ハヤカワepi文庫)
主人公がものすごくいい。以前ジェイムズ・アイボリーの映画を観たので、もちろんアンソニー・ホプキンスの姿がちらつくのだけど、ときおりつっこみたくなるほどの愛すべき生真面目さ。執事という仕事への心構えを語りつつも、どの仕事にも当てはまるような、品格を備えたプロフェッショナルとはなんぞや、ということが書かれていて興味深い。そして、日の名残り、という言葉に込められた人生への希望に涙ぐましい気持ちになる。