最近よかった本の覚え書き。

香港で出会った最愛の妻を亡くした男性が故郷のロンドンに帰り、妻とのかけがえのない日々の幻影を常に心にかかえながら、なんとか人生を立て直そうとしつつ淡々と七転八倒する姿が胸を打つ。心に焼きついて離れない香港の景色への尽きることのない郷愁、生涯に一度きりと思えた愛情を失った悲しみ、かつて抱いていた夢への諦念。そういった想いがなんとも胸をしめつけるやら共感の嵐やらで、非常に愛おしい小説だった。

主人公の、香港という街や東洋人を見つめる目や距離感が、今までの欧米の小説にあまり無かったような、とても暖かく密接な視点なのも新鮮。と思ったら、作者の奥さんは日本人とのこと。この小説にも何人か日本人の女性が出てくるのだけれど、本当にリアルな日本人女子像なのですごいなー、と思ったのでした。そして香港の街の描き方の正確さが素晴らしい。最後の章のスターフェリーでのくだりなんて特に!スターフェリーの上でぼんやりと、ちょっぴりセンチメンタルになるあの感覚を、なんて見事に文章にしてくれているんだ!と泣けて泣けてしょうがなかった。

「恋を進展させるのは、物理的条件である」という言葉に納得ナットク!そっか、そういうことだねー。そして人はときにそれを運命だと勘違いしてしまったりもするのかな。恋ってイイ!とぬくぬくした気持ちに。主人公のお父さんが素敵で、その存在感に泣けた。文章のところどころに挿入されている既存のさまざまな小説から抜粋された文がどれも美しくて、小説って本当によいものだなあ、日本語って美しいなあとしみじみ感じ入りました。

  • 千年の祈り イーユン・リー

すごい作家に出会ってしまった。文革のさなかに生まれ(私と一歳しか変わらない)、北京大学を卒業後に渡米し、英語で小説を書くようになった新進気鋭の作家。アリス・マンローなども候補に上がっていた短篇賞を受賞するなど、アメリカではすでにかなり評価されているみたいです。訳者あとがき(翻訳の文体のたおやかなリズムと繊細な言葉使いがすばらしい)によると作者は「中国語で書くと、自己検閲してしまって書けなかった」と語っているらしく、この言葉に彼女が物語の中に投影する祖国に対するスタンスが集約されているような気がしました。
この本に収録されている10編の短編はどれも痛みややるせなさに満ちていて、人生というもののどうしようもなさに打ちのめされそうになりつつほのかな希望を感じたりも。そして宦官、文革天安門、胡同の四合院といったモチーフが絶妙に物語に絡み合っていて、中国で生まれ育ち、しかも英語で書く自由と視点を持った作家しか書くことができない唯一無二の作風がすでに完璧に確立されている。その作品どれもがほんの十分ほどで完結する短いものなのに、壮大な映画を一本観たくらいに心を揺り動かされた。次回作は文革直後の中国を舞台にした長編を予定しているとのことで、とても楽しみ。今後の活動をずっとリアルタイムで追いかけたい作家に出会った興奮を隠せません。素晴らしい。