風に吹かれて―キャメラマン李屏賓(リー・ピンビン)の肖像 (乘著光影旅行) @10/28 東京国際映画祭

この映画を観るまでずっと李屏賓ご本人の全体的なビジュアルを存じ上げておらず、あの詩情あふれる映像の手前には繊細で枯れたかんじの細身の好々爺が座ってカメラを操っている、というイメージをずっと抱いていたので、画面に本人が登場した瞬間「ええっ?このひと?」と二度見してしまった。この作品のなかで撮影監督としての彼の在り方を「軍人みたい」とウォン・カーウァイが言っていて(クリストファー・ドイルのことは『船乗り』。そのままやね)、まさにそういう、野性味あふれるがっしりとした親方っぽい人だったのでびっくり。そしてそういうごっつい風貌ながらも、風にそよぐ葉っぱとやさしく語りあったりするような邪気のないキャラクターが非常にナイス・ギャップで、ああ、なんだかとても好きだなあ、と思った。

これまでに李屏賓が撮影監督をつとめた作品がところどころに挿入されつつ、同業者やお母様、本人のインタビューが入るという流れ。冒頭からいきなり広東語のナレーションだったのが唐突でちょっとウケたんだけど、この作品の監督二人組の一人が香港人とのことで、第三者的な神の目のような視点でこのドキュメンタリを語りたいから広東語にしたというようなことをQ&Aでおっしゃっていました。しかし李屏賓がかつて香港でアクション映画の撮影監督をたくさんこなしていたとは知らなかった。どんな作品にかかわっていたのか気になるー。

あと、インタビューに答えていたトラン・アン・ユンの漢字名が「陳英雄」だと初めて知った。なんだかクール!英雄の『ノルウェイの森』の撮影風景が出てこないかと期待したのだけど、それは無しだったのが残念。李屏賓が撮影した作品のひとつとして、『言えない秘密』の場面が何度か出てきたのはすごく嬉しかった。この人がジェイ・チョウさんをがっつりサポートしたからこそ、あの名作が生まれたのだなあとあらためてしみじみ。もちろんホウ・シャオシェンとの名コンビぶりがいたるところでうかがえるのも微笑ましかった。

彼が撮影した作品を観るたび、光の絶妙な陰影や、まるで誰かの目線そのものであるかのような体温を感じる画面のゆらぎが大好きだと思うのだけど、そのあたりにはやはりこだわりがあるようなことを本人が言っていて、おおなるほど、と納得。技術と経験と感性だけをたずさえて世界中を飛びまわって働くことができるうえに、自分の仕事が世界中の人の心になんらかの強い印象や影響を与えることができるなんて、理想中の理想の生き方だなあとうらやましく思ったけれど、家族となかなか会えなかったり、仕事への真摯な姿勢からくるプレッシャーや孤独といったものも吐露されていて、ふうむ、と思いました。彼の静かな情熱、これまでに生み出してきた美しい映像、ともに映画を作ってきた人たちの話を通して、映画という文化そのものへの愛情が色濃く感じられるのがとても気持ちのよい作品だった。